· 

「しつけ」を考える

先日100均のお店に行ったときのこと。緊急事態宣言が解除されて間もなくの店内。

まぁまぁ混雑していて、「みんな外に出たいんだなぁ」と思っていると、父娘のやり取りが目に飛び込んできた。

 

父「1個だけって言ったやろ!」

 

娘は両手に一つずつ人形のようなものを握りしめている。父親を見つめながら後ろからチョコチョコついていっている。4歳ぐらいだろうか。父親は振り返りながら娘を見下ろして声かける。

 

父「だから、1個にしなさい!」

 

娘はあまり声も上げずにひたすら両手を父に向って高く上げている。

 

父「1個にできないなら、買ってあげないよ!」

 

父の声はだんだん大きくなっていく。

 

 

私は横目で見ながら、「この父親は何を焦っているんだろうか」と目で追ってしまっていた。

 次第に父親の言い方もきつくなっていく。

 

 

父「なんで言うこと聞けないんや! そんな子にはもう買ってあげへん! なんでお前は言うこときかれへんのや!」

 

 

よくある店内の光景だなぁと思いつつ、心はざわついた。

なぜ娘に、

 

「どうしてその2つがほしいの?」

 

って聞けないんだろうと。

 

もしかしたら娘さんの想像力の中では、両手に握りしめている人形は対になっていて、おままごと遊びには2つ揃っていないと始まらないとか。片方は「お父さん」でもう片方は「お嬢ちゃん」だとか。娘さんが一人二役やって語らせ合う遊びをやるつもりなのだとか。

 

父親は何も聞かずに「しつけ」のつもりなんだろうか、とにかく1つしか認めないと決めているようだ。

あぁコミュニケーションはおおいにすれ違っているなぁとみていて思った。

そうか。そもそもこの父親は娘と対等であるのは良くないことだと思っているんだな。

 

娘にプレゼンテーションさせればいいのに。

父親である自分は1個しか買うつもりはない。

だから買ってほしいなら買う気にさせてみろと問うてみればいいのに。

4歳でも噛み砕いて説明してやればある程度できるよ。

 

こんな一方的なコミュニケーションを続けていくと、子どもは欲しがらなくなったり、大人になっても制限をつけて考える癖がついたり、お父さんには相談し無くなったりしてしまう。

それが悪いことではないけど、自分の正しい欲求がわからなくなるのは心が健康でいるためにはよろしくない要素。

自分の欲しいものをちゃんとわかった上で、自己管理出来たり、お父さんともずっと仲良くいられる方がいいに決まっているよね

 

何の説明もなく、「1個!」をどう理解すればいいのだ。

父親は自分のものもいつも1個しか買わないのか?

なんだか理不尽に思えてくる。

 

子どもにごまかしは効かない。

ずっとそう思ってきた。

自分が子どもだった頃もそう。

大人になり3人の子を育ててる時にもそう思った。

最近の子育てで求めれてるのは、子どもの主体性をどう育てるかだ。

就職活動する時も企業は主体性のある人間を求めている。

なのにどうして従属的でいるように「しつけ」するのか。

絶対的な人間に対して素直に言うことを聞けってのは、大人になって何の役に立つのか?

自分の意志は? 感情のコントロールばかり覚えて、本当に感じていることをどうすれば叶えられるのかを体験で学ばせるいい機会なのに。

 

この父親はもしかしたら幼い頃に言うこと聞くようにしておかなければ思春期になって大変になってしまうと思ってるのかもしれないなぁ

あぁ教えてあげたい。

無理やり気持ちを閉じ込めるような行為を繰り返すほど、思春期は言うこと聞かなくなるよ。

 

たぶん2つ買ってあげることは「甘やかす」ことになると思っているんだろうけどね。

2つ買ってあげることがどうどかではないのよね。

子どもの気持ちを受けとめてあげないことが問題よ。

結局買ってあげないとしても、話は聞かないとね。

子どもにしてみれば、可愛いと思った、欲しいと思った、親にその気持ちをわかってほしいと思った、買ってほしいことを自己主張してみた、それらの子どもの中で起こっていることを、「どうしてお前は言うこと聞けないのか!」で終わらせることの意味を考えてほしいなぁ

 

「甘やかす」ことと、「甘えたい気持ちを受けとめる」ことは違うよ